証券会社の収益構造の転換とマトモな長期投資への流れ
証券業界において日本のトップに君臨しつづけている野村證券。インターネットの普及とそれにともなうネット証券の登場があっても、いまだ口座数、預り資産などは盤石です。
しかしそれが今後も続くとはかぎりません。顧客の高齢化、ネット証券とのコスト体質のちがいなどにより、収益源の転換をはからざるを得なくなるなど、うかうかしていられなくなってきました。
そんな野村證券が、正社員の定年年齢を現在の60歳から65歳まで引き上げ、さらにその後も70歳まで再雇用する新制度をもうけるという方針を発表しました。
野村証券は28日、来年4月以降、国内営業担当を中心とする約5千人を対象に、現在60歳としている正社員の定年年齢を65歳に引き上げる新制度を導入する方針を明らかにした。再雇用を希望すれば、70歳まで働くことも可能になるという。
大和証券や中堅証券の一部も営業職の雇用を延長する制度をつくっているらしく、今後の証券業界では定年年齢引き上げの流れがひろがりそうです。
いま、なぜ証券業界で定年退職の年齢引き上げの動きがでてきているのか。その理由は「収益構造の転換」にあります。
収益構造をフロー型からストック型へ
いままで野村證券をはじめとした証券業界全体の収益構造として、株式や投信の売買による手数料収入が多くをしめるという状態がありました。
顧客がそれを望んでいる場合は問題はありません。しかしなかには、手数料収入を増やそうとするあまり投信の乗換えを強引にすすめるなどして、高齢者などの取引において問題が起こることもあったようです。
現在、政府は「貯蓄から投資へ」の流れをすすめています。2014年から少額投資非課税制度(NISA)がはじまり、金融庁は顧客の長期的な資産形成に適した商品の販売方法をすすめるなど、証券会社に働きかけています。
参考 : 金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針 IV. 監督上の評価項目と諸手続(第一種金融商品取引業) 3-1-2 勧誘・説明態勢
こうした流れのなかで、証券会社自体の収益構造の転換が必要となってきています。つまり売買手数料を主とした「フロー型」から、預かり資産残高を増やす「ストック型」への転換です。
顧客にひんぱんに売買をうながして手数料を得るのではなく、投資信託などを通じて預かり資産を増やして、信託報酬などの安定的な収入を得ようという動きです。
実際に、野村ホールディングスが発表した2015年3月期の決算短信によれば、預かり資産残高に応じて得られる収入が伸びています。
参考 : 野村ホールディングス株式会社 2015年3月期第2四半期決算短信
預かり資産残高を増やそうとする場合、顧客との接点をひとつひとつ大事にしていく必要があります。営業と顧客とのあいだにしっかりとした信頼関係があれば、預かり資産はそう大きく目減りすることはないはずです。
顧客は売買手数料などのコスト面に代表される、論理的な要因だけで証券会社を選ぶわけではありません。営業との接点、心情的な面で取引先を選ぶことも十分に考えられるのではないでしょうか。
今回の雇用延長の背景には、信頼関係の構築に重きをおいた政策への転換があるのです。
投資の基本である長期投資へ
証券会社がストック型の収入を得るためには、ラップ口座や投信などの商品を通じて預かり資産を増やしていく必要があります。
ラップ口座は、その手数料体系を考えると個人的には利用したくない金融商品のひとつですが、投信は個人の資産形成をはかるうえで必須の存在といえます。
証券会社がストック型へと収益構造を換えることは、顧客から見れば、証券投資の基本である長期投資への転向をうながされるということです。
そもそも投信というのは短期的に売買するものではなく、長期保有と分散効果により期待リターンに近い損益を実現していこうというものなので、これは投資の基本に沿った流れへの転換であると考えることができます。
カンタンな言葉で表現するなら、「マトモな投資」ができるようになってきたということかもしれません。
すぐには投資環境は変わらない
証券業界の収益構造の転換により、長期投資をおこないやすい環境が整っていくと思われます。とはいえ、そうすぐには変わりません。
野村ホールディングスの決算を見ると、ストック収入の内訳は投信純増よりも投資一任(ラップ口座)純増のほうが大きいですし、いまだ売買手数料が重要なことも変わりません。
投信純増についても、いま流行している毎月分配型ファンドへの資金流入が大きかったようであり、顧客側も、まだまだ長期投資を意識した投資活動へかじをきったとはいえない状況です。
ただ改正投信法の施行が近いことや、上記のとおり制度や証券業界の動きなど、全体の流れは確実に変わってきていると思います。
参考 : 分配金を含めた「通算損益」と「グラフ付き運用報告書」でわかりやすくなるか?改正投信法
長期分散投資という基本がしっかりと根付くのはまだ先の話かもしれませんが、ゆっくりでも着実に、良い方向へと向かっていくことを願っています。
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